遅くに、こんばんは。み です。

少し前に、どう考えても登校日での学校感染では?と思われるニュースの後(富山県からは、学校クラスターは否定されていましたが。)、

文科省から、小1 小6 中3 を対象に分散登校案が出たり、

大阪モデルでの分散登校、

日本で6歳未満の子どもの重症化、

さらには学校再開した中国で、マスクしたまま体育をしている子どもが何人も倒れ、鼻と口から血を吐いて亡くなった子がいるというニュース等、

子を持つ親にとっては、ハラハラしまくりの情報にさらされる毎日。

そんな中、子どもの家庭学習では、うちの場合は、娘に任せっきりだと、全くといっていいほど生産性が上がらないことに気付き、お母さん学校を開始。

早朝散歩から、リコーダー授業、逆立ち等の体育も組みこんで張り切るものの、漢字練習で、「あ、書き順違うよ。」のたった一言でヘソを曲げ、ヤル気を失い、さらには大泣きで、できない〜!と叫ぶ娘。

三度の食事作りと家事&ひたすら消毒 する中で、なんとか励まし、励ましきれず、一緒にお母さんだって大変だよぅと泣きながら(本気演技)、ふと、「こうやって衝突できるのも、ありがたいことに、お互い生きているからだよね…。」と思って、前向きになる。

生きてさえいれば、なんとかなる!

だけど、、

スーパー行くのも、ロシアンルーレットの如く、命の危険を感じる。

人が多い!怖い!

人が多かったら、引き返す。でも、いつかは行かないといけない。パルの宅配でも、お肉等の欠品が出てきて、完全引きこもりが不可能に。

追い討ちをかけるように、学校から、10日一度の保護者来校(学習プリントの配布、提出)の連絡が来る。

約800名の児童の保護者の半数を、1時間毎に集めて、プリント配布と面談だって…。

いやいやいや、無症状感染者がいるって事実は無視ですか?

発症の2日前から、感染力が強いって事実は無視ですか?

保護者や先生にも、私のように致死率な高いとされている基礎疾患がある人もいるはずだよね?

冠動脈疾患のある私には、到底その要求には応えられないので、学校に電話して、人のいない時間に、下駄箱に置くやりとりで済ませてもらえないか相談したところ、お子さんの様子を知るために、なんとか学校へ来てもらえないかと説得され、泣きそうになっちゃったよ。

途中、理解ある担任の先生に変わってもらって、一人だけ、時間外の面談に変更してもらえたのだけど、最初に説得してきた先生、本当…想像力が欠如している。

たしかに一部の親子には、面談が救いになることもあると思う。でも、母親が死んだら、子どもがどうなるのか、想像がつかないのだろうか。

致死率の高い心臓病ということをしっかり説明しても、学校へ来てって。

最初に電話してとって説得してきた先生、感じはいいけど、実は怒鳴るより恐ろしい先生だよ…。

(担任の先生は、自主休校も、命最優先だから、気にせず休んでくださいと言ってくれました。)

うちは自主休校。基本的には分散登校は反対だけれど…

休校や子どもの学びについては、色々な意見があって、他人に意見を押し付ける気はないけれど、

私は、基本的には、ワクチンのない今、学校再開や分散登校は反対です。

ワクチン開発に、1年、2年かかろうとも、終息に3〜5年かかろうとも、です。

なにより命が大事だから。

子どもの重症死亡率は確かに低いけれど、実際に亡くなっている子、重症化している子が出てきている。

専門家の中でも、集団免疫を付けつつ高齢者者は隔離して、経済を回していかないと、自殺者の方がはるかに増えてしまうという方もいる。確かにそうだろうと思う。それも理解はできる。

だけど、集団免疫はワクチンありきのものであって、ワクチンのない今、集団免疫の話をするのは、ある一定数の犠牲者は止む無し…ということになる。

それが、数字上最も速く、効果的で、死亡者数が少ないと分かっていても、そのロシアンルーレットで命を落とすのが、自分かも、家族かも、大切な人かも…とおもえば、到底受け入れられるものではない。私は。

一人の命は、地球より重く、尊いのだから。

一年でも二年でも、なんとか他人との接触機会を減らして、消毒をしっかりして、ワクチン開発を待ちたいのです。

同じ理由で、ワクチン接種なしでの学校再開、分散登校には、私は反対。

学校再開や分散登校は、

「数字上僅かだけど、子どもも、もしかして死んじゃうかも。親は、もう少し死んじゃうかも。祖父母は、結構死んじゃうかも! 先生も死んじゃうかもねー。でも、学校で対面授業大事!子どもの学び大事!だから、学校やるよー!」

ってことと同義だと思うから。

ちゃんとした安全対策するって?

子を持つ親なら分かるはず。

子どもに、くっつくなって言ったって、見てないところで、くっつくよ。

鼻もほじるよ。

1年生なんて、グラグラの歯がかゆくて、指で押しまくるよ。

たまに、うんちも漏らすよ。

トイレは、エアロゾル感染するかもね。

給食の配膳したら、器に指つっこむよ。

熱っぽくても、咳してても、登校させる親なんて一定数必ずいる。

コロナなんて実は嘘でしょって、本気で思ってる親すらいる。

そんな状況で、先生が全部子どもの監視するの?無理でしょ。それに、先生だって、家に帰れば家族がいる。先生だって、守らなきゃいけない一人の大事な人間。

さらにその先に待っているのは、感染者が増えた後の医療従事者への負担。

病院や感染者受け入れ施設のベッドを増やすのは必須としても、ベッドだけ増やせばいいって話じゃない。

医療従事者も守るべき大事な人。家族がいる。小さな子どもだっている。

今は、学校へ行くべきじゃない。努力するのは、学校再開ではなく、オンライン授業なんだよ!!

大阪モデルで、分散登校を打ち出したことを考えてみる。

大阪の知事の敏速な行動に、いつも、おおっ!と感心していただけに、今回の分散登校のニュースは、え… ?はぁ?!と最初は思ったのです。否定的に捉えた。

でも、なんでだろ?経済死ぬから?親が働きに行くのに、子どもは絶対に学校行かせないとなの?なんで?なんで?って考えていたら、次なるニュースが。

大阪は、6月末までに、オンライン授業をしっかり準備するって。

その上で、一クラス10〜15人、2時間程度の大阪分散登校。

…そうか。多分、大阪の知事は、学校感染が起きてしまう可能性なんて、百も承知なんだ。

それでも、分散登校というのは、新型コロナで死んでしまう子どもより、経済苦で無理心中してしまう家庭、虐待死してしまう子どものが、はるかに上回るとの考えじゃなかろうか。

オンライン授業を同時に整えるということは、大きな声では言えないけれど、自主休校できる家庭の子は、安全のために来ないでいいからねってことじゃないだろうか。(欠席扱いにならない。)

最後は、私の希望的観測だけれど。

このニュースを聞いて、

「子どもも友達と会いたがっているし、いいんじゃないか。」

「息抜きも必要だし、ありがたい。」

って、安易に思うのは、(気持ちはよく分かるけど)、一歩踏みとどまって、よーくよーく、考えた方がいい。

子どもの感染リスク、そこから親や祖父母への感染リスク、重症化の怖さ、僅かながらも、子どもの死亡重症例があること。軽症、無症状の人が多いけれど、その一方で、溺れているように苦しむ人がいる事実。

我が子に万が一のことがあったら、親子が隔離され、亡骸を抱くことも見ることもできずに焼かれてしまう事実。

自主休校は認められている。

周りがどうじゃなくて、他人がどうじゃなくて、自分の頭で、考えて考えて考え抜いて真剣に決める。

そういう親の姿もまた、子どもにとって大きな学びになると思う。

自分で真剣に考えよう!!

あ、ちなみに、この状況下で、文科省や教育委員会からのお達しだから…とか、みんな学校来てるし大丈夫だから登校しよう!とか、言い出す学校ならば、それはもう、完全な思考停止であって、本当に子どものことを考えている人間の言葉ではないので、そんな人の言葉で、心を迷わせる必要は一切ない。

どういう結論であれ、情報をあつめて、精査して、想像力を働かせて、自分の頭で考えて決める。

すべての子ども達の無事と幸せを祈って、今日のブログを終わりにします。

み。

本気で考えるんだよ!

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